長寿は「良いこと」だと言われる。しかし、「年齢を重ねる」というのは、どこか死に近づいていくような響きがある。それだけでなく、あらゆる能力が衰えていくような印象がつきまとう。僕のような20代でさえ、そんなことを考えると少し憂鬱になる。
人間の能力といえば、たとえばプロゲーマーの話がある。プロゲーマーを目指す若者にとって重要なのは、動作性知能、あるいはワーキングメモリと呼ばれる能力である。これらのピークはおおよそ10代後半から20代前半にかけて訪れ、それ以降は徐々に低下していくとされる。つまり、プロゲーマーとは、基本的に“若者だけがなれる職業”なのだ。
もちろん、僕自身にも将来の夢があり、これからの人生はまだまだ長いと信じているので、希望を抱いて生きている。
とはいえ、老後はどうだろう。たとえ定年が引き上げられたとしても、その先に待っているのは「能力の低下」ばかりなのだろうか。多くの研究によれば、中高年以降は、ほとんどすべての能力が徐々にピークを過ぎていくという。そう聞かされると、誰でも絶望感を覚えてしまうだろう。
だが、ある研究は、その憂鬱を和らげてくれるかもしれない。
認知心理学者・伊集院睦雄らの研究によれば、若者に比べて高齢者の方が「語彙能力」において優れていることがわかった。つまり、年齢とともに高まる能力も、確かに存在していたのだ。
伊集院らは、加齢に伴って語彙数(具体的には和語・漢語・外来語)がどのように変化するかを調査した。その結果、和語や漢語に関しては、高齢者の方が若者よりもおよそ20%以上多く知っていることが明らかになった。
ここで注意しておかなければならないのが、外来語である。外来語に関しては特段の年齢差が見られなかった。これはおそらく、昔の外来語(例えば、ランデブーやアベックのような昭和のカタカナ語)は若者には馴染みがなく、逆に新しく入ってきた外来語(例えば、エビデンスやアポイント)は高齢者にとって意味がとりにくい、という両方向のズレが相殺し合っているためだと考えられる。
もちろん、長く生きていれば語彙が多くなるのは当然とも言える。しかし、それが数値としてデータに裏付けられているという事実には、やはりどこか安心させられる。
特に、僕のように、日常的に文章を書く者(まだブログ歴1週間だが)にとっては、「年を取ればもっと良い文章が書けるかもしれない」と思えるのは、何とも心強い。加齢に対する漠然とした怖さが、少し薄らいだように感じる。いやむしろ、年齢を重ねることが、より良い文章を書くための土台になるのだと考えれば、楽しみにさえ思えてくる。
ついでにもう一つ、加齢のメリットを紹介したい。それは、「都合の悪いことが聞こえにくくなる」ということだ。
若者にとっては悩みの種かもしれないが、本人にとっては、ある意味でポジティブな効果をもたらすこともある。
僕も覚えがある。
例えば、
ある場面ではこんな一面が、
僕「ねぇ。おばあちゃん、お小遣いちょうだい!」
祖母「え?なんだってー?耳が遠いのよ。」
またある場面ではこんな一面が、
僕「やったー!臨時収入だー!」
祖母「あら、臨時収入!今日は焼肉ね。」
誰しも、似たようなやりとりを経験したことがあるのではないだろうか。一見「とぼけているだけ」に思えるかもしれないが、実際はそうではないようだ。
実際には、加齢によって音の聞こえ方そのものが変化する。研究によれば、「親密度」や「頻度」、「心像性(イメージの鮮明さ)」といった意味属性が、音声の聞き取りやすさに影響を与えるという。つまり、「意味のある言葉(関心のある言葉)」ほど耳に届きやすく、逆に「どうでもいい言葉(関心の薄い言葉)」は、自然と聞き流されてしまうのだ。
このことから、「都合の悪いことは聞こえない」というのは、単なる冗談ではなく、ある程度の科学的根拠がある現象だと言える。
年齢とともに、ストレスを生む言葉が聞こえにくくなり、嬉しい言葉だけが耳に届き、日々が前向きになる。そんなふうに考えると、年を取ることも、少し楽しみに思えてくる。
【参考文献】
辰巳格「言語能力の加齢変化と脳」『人工知能学会誌』第21巻第4号、2006年、pp. 490–498。
Hartshorne, J. K., Tenenbaum, J. B., & Pinker, S. (2015). When does cognitive functioning peak? The asynchronous rise and fall of different cognitive abilities across the life span. Psychological Science, 26(4)
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