カテゴリー: 心理学

  • #6 年を取るのが楽しみになる… 話情報処理能力のピークは10代まで、と言うけれど。

    長寿は「良いこと」だと言われる。しかし、「年齢を重ねる」というのは、どこか死に近づいていくような響きがある。それだけでなく、あらゆる能力が衰えていくような印象がつきまとう。僕のような20代でさえ、そんなことを考えると少し憂鬱になる。

    人間の能力といえば、たとえばプロゲーマーの話がある。プロゲーマーを目指す若者にとって重要なのは、動作性知能、あるいはワーキングメモリと呼ばれる能力である。これらのピークはおおよそ10代後半から20代前半にかけて訪れ、それ以降は徐々に低下していくとされる。つまり、プロゲーマーとは、基本的に“若者だけがなれる職業”なのだ。

    もちろん、僕自身にも将来の夢があり、これからの人生はまだまだ長いと信じているので、希望を抱いて生きている。
    とはいえ、老後はどうだろう。たとえ定年が引き上げられたとしても、その先に待っているのは「能力の低下」ばかりなのだろうか。多くの研究によれば、中高年以降は、ほとんどすべての能力が徐々にピークを過ぎていくという。そう聞かされると、誰でも絶望感を覚えてしまうだろう。

    だが、ある研究は、その憂鬱を和らげてくれるかもしれない。

    認知心理学者・伊集院睦雄らの研究によれば、若者に比べて高齢者の方が「語彙能力」において優れていることがわかった。つまり、年齢とともに高まる能力も、確かに存在していたのだ。

    伊集院らは、加齢に伴って語彙数(具体的には和語・漢語・外来語)がどのように変化するかを調査した。その結果、和語や漢語に関しては、高齢者の方が若者よりもおよそ20%以上多く知っていることが明らかになった。

    ここで注意しておかなければならないのが、外来語である。外来語に関しては特段の年齢差が見られなかった。これはおそらく、昔の外来語(例えば、ランデブーやアベックのような昭和のカタカナ語)は若者には馴染みがなく、逆に新しく入ってきた外来語(例えば、エビデンスやアポイント)は高齢者にとって意味がとりにくい、という両方向のズレが相殺し合っているためだと考えられる。

    もちろん、長く生きていれば語彙が多くなるのは当然とも言える。しかし、それが数値としてデータに裏付けられているという事実には、やはりどこか安心させられる。
    特に、僕のように、日常的に文章を書く者(まだブログ歴1週間だが)にとっては、「年を取ればもっと良い文章が書けるかもしれない」と思えるのは、何とも心強い。加齢に対する漠然とした怖さが、少し薄らいだように感じる。いやむしろ、年齢を重ねることが、より良い文章を書くための土台になるのだと考えれば、楽しみにさえ思えてくる。

    ついでにもう一つ、加齢のメリットを紹介したい。それは、「都合の悪いことが聞こえにくくなる」ということだ。
    若者にとっては悩みの種かもしれないが、本人にとっては、ある意味でポジティブな効果をもたらすこともある。

    僕も覚えがある。

    例えば、

    ある場面ではこんな一面が、
    僕「ねぇ。おばあちゃん、お小遣いちょうだい!」
    祖母「え?なんだってー?耳が遠いのよ。」

    またある場面ではこんな一面が、

    僕「やったー!臨時収入だー!」
    祖母「あら、臨時収入!今日は焼肉ね。」

    誰しも、似たようなやりとりを経験したことがあるのではないだろうか。一見「とぼけているだけ」に思えるかもしれないが、実際はそうではないようだ。

    実際には、加齢によって音の聞こえ方そのものが変化する。研究によれば、「親密度」や「頻度」、「心像性(イメージの鮮明さ)」といった意味属性が、音声の聞き取りやすさに影響を与えるという。つまり、「意味のある言葉(関心のある言葉)」ほど耳に届きやすく、逆に「どうでもいい言葉(関心の薄い言葉)」は、自然と聞き流されてしまうのだ。

    このことから、「都合の悪いことは聞こえない」というのは、単なる冗談ではなく、ある程度の科学的根拠がある現象だと言える。

    年齢とともに、ストレスを生む言葉が聞こえにくくなり、嬉しい言葉だけが耳に届き、日々が前向きになる。そんなふうに考えると、年を取ることも、少し楽しみに思えてくる。

    【参考文献】
    辰巳格「言語能力の加齢変化と脳」『人工知能学会誌』第21巻第4号、2006年、pp. 490–498。
    Hartshorne, J. K., Tenenbaum, J. B., & Pinker, S. (2015). When does cognitive functioning peak? The asynchronous rise and fall of different cognitive abilities across the life span. Psychological Science, 26(4)

    【タグ】
    認知心理学, 認知神経科学, 発達心理学, 脳科学, 言語学, 心理言語学, 生涯発達理論, cognitive psychology, cognitive neuroscience, developmental psychology, brain science, linguistics, psycholinguistics, lifespan development

  • #5 三足の草鞋

    昨日、三足の草鞋を履きたいという話をした。すなわち、弁護士・心理士・学者として、それぞれの専門性を持ちつつ社会に貢献するという道である。しかし、そのための現時点での具体的なステップについては、まだ話していなかった。

    まず、弁護士としての道について。現在、司法試験を受けるための試験である予備試験に向けて、予備校を活用しながら日々学習を続けている。ただし、今年の合格は、正直なところ非常に厳しいと感じている。悔しさはあるが、現実として受け止める必要がある。そのため、今年は行政書士試験に確実に合格することを一つの通過点としたい。ただし、あくまでこれは司法試験合格のためのステップである。理想は、「司法試験の勉強をしていた延長線上に、結果として行政書士に合格していた」という形だ。主軸はあくまで司法試験であり、行政書士試験はその補助的な意味を持つに過ぎない。

    次に、心理士としての準備について。こちらも中長期的な視点が必要である。まずは心理学の知識を広く網羅的に習得することが不可欠であり、その初動として、2026年より心理学検定1級の取得を目指す予定だ。司法試験の学習の合間、あるいは息抜きとして、1日30分〜60分の学習時間を確保し、夏の検定試験(予備試験終了直後)に臨むつもりである。具体的な学習内容や計画は、2026年になってから「ことばノート」にて随時記録・共有していく。

    言語学者としては、まずは前提として、学部の卒業論文を通じて専門的な知識の獲得と整理を進めていくことになる。2025年および2026年の2年間で、学問的な知見を深めながら、そこから得られた理論や発見を、この「ことばノート」を通じて言語化していきたい。

    兎にも角にも、現時点において最も高い壁であるのは、やはり司法試験予備試験の合格である。三足の草鞋を成立させるためにも、まずはこの最初の一足(司法の草鞋)を確実に履きこなすことが、何よりも重要だ。

    最後に、「ことばノート」の意義について述べ、締め括ろう。

    第一に、これは僕にとって「検索可能なノート」であるという点が大きい。自分が関心を持つすべての領域(言語学、心理学、法学以外にも教育学など)を一か所に集約できる場所として設計している。ここにある検索機能は、僕の記憶の補助装置としても機能し、必要な情報をすぐに呼び出せるという意味で、実用的だ。そして何より、これはほとんど僕自身のために記録しているものなので、内容や表現に過度な制約を設ける必要もない。雑多であって構わないのだ。

    第二に、「見られている」という感覚も、ある種の動機付けとして作用している。昨日は、Robert Cialdiniの Influence: Science and Practice や、Peter Gollwitzerの「目標の自動化」理論を紹介したが、まさにああいった理論が僕自身にも働いていると感じる。目標を言語化し、他者の目に触れる形で共有することで、自己規律が強化されていく感覚がある。

    前回も引用したため、Influence: Science and Practice の人を動かす6つのアプローチを、改めて全て先に紹介しておこう。これは、アメリカの社会心理学者・Robert Cialdiniが提唱したもので、人間が他者のどんな影響を受け、行動しているのかを示している。

    ① Reciprocity(返報性):人は何かを受け取ると、それに対し、何かを返さなければならないという心理的な義務感を抱く傾向がある。

    ② Commitment and Consistency(一貫性):一度表明した意見や行動と整合するように、その後の行動を選択する傾向がある。

    ③ Social Proof(社会的証明):多数の人々が行っていることを「正しい」と認識し、それに従おうとする傾向がある。

    ④ Liking(好意):好意(好感)を持つ人からの提案や依頼には、他と比べより従いやすくなる傾向がある。

    ⑤ Authority(権威):専門家や高い地位にある人の言動に人は、流されやすいという傾向がある。

    ⑥ Scarcity(希少性):数や時間に限りのあるものには、より高い価値を見出し、行動が促されやすくなるという傾向がある。

    話を戻して、第三に、この「ことばノート」は、ある種の硬めのプロフィールとしても機能しうる。大学院のこれからの指導教員や教授陣に対して、自分がどのような関心を持ち、どのような知的スタンスを取っているかを伝える資料として活用できるし、また、知的関心を共有する新しい友人との対話の入口にもなる。これはCialdiniの言うところの「返報性の原理(reciprocity)」にも通じる側面があるだろう。自分の内面を開示することは、相手の内面を引き出す誘因にもなる。

    第四に、僭越ながら、このノートにはある程度の社会的意義もあるのではないかと考えている。僕は、「法」「こころ」「ことば」という三領域をまたぐ姿勢をとっているが、これらを横断しながら知識を整理・統合する営み自体が、「専門性の分断」に対する一つの応答(アンチテーゼ)となりうる。言い換えれば、「ことばノート」は、ある特定の学問領域の断片(点と点を)を橋渡しする(線にする)ための私的実験であり、他の誰かにとっても、専門領域の垣根を越える学びのロールモデルになれればと願っている。また、ここに書かれる内容の一部は、比較的難解な学術書や論文を、僕なりの視点と言葉で咀嚼し直したものである。そうした再構成は、ひとつの教育的試みとも言えるかもしれない。英語についての記述も含め、ことばを通して知の広がりと深化を促す場にしたい。そして、僕自身の内面と、社会的な営みがどのように「ことば」を通じて結ばれていくか、その軌跡を残していく。もしそれが、どこかの誰かの思索のきっかけや、学びのモチベーションになれば、それはこの上ない喜びである。

    【参考文献】

    Cialdini, R. B. (2001). Influence: Science and Practice (4th ed.). Allyn & Bacon.

    【タグ】

    社会心理学, 説得理論, 動機づけ, 行動経済学, コミュニケーション理論, 目標達成, 認知心理学, 人間行動, 心理学

  • #4 言霊のなぜ

    将来の夢を語らうのは、どこか気恥ずかしいものだ。たとえ心の中で本気で信じていたとしても、それが叶わなかったときのことを想像してしまう。それに、おとぎ話の世界では「夢を口にすると叶わない」とも言う。

    一方で、日本には古くから「言霊(ことだま)」という考え方もある。言葉には力が宿り、それを声に出すことで、その力が現実に作用するというのだ。

    いささか信じがたいとも感じる「言霊」だが、実はこの考え方は、現代の脳科学や心理学の視点からも、意外なことに支持されている。

    「夢を語ること」、すなわち目標や自分の意志を言葉にして外に出す(=アウトプット)ことが、心理的にも行動的にも重要だというのだ。

    以下に、いくつかの研究を紹介しよう。

    まずは、アメリカの社会心理学者・Robert Cialdiniの著書 Influence: Science and Practice を見てみよう。この本では、人を動かす6つのアプローチが紹介されている。その中のひとつが”Commitment and consistency”である。

    これは、「人は一度言葉にして意思表示をすると、その発言や立場に一貫性を保とうとする」という心理的傾向を指している。たとえば、夢を「語る」ことで、自分の中にその目標への責任感が生まれ、行動もそれに沿って変わっていく。

    次に紹介したいのが、ドイツの心理学者・Peter Gollwitzerが提唱する「目標の自動化」という考え方だ。彼によれば、人は目標をできるだけ明確にし、状況と結びつけておくだけで、脳が自動的にその目標達成に向けて動き出すという。

    こうした効果に「〇〇効果」という名前をつけたくなるのが脳科学や心理学の性(さが)ではあるが常ではないことを言及しておく。とはいえ、ここでは深入りしないでおこう。今後のブログでは、信頼に足る研究者が書いた本を取り上げ、自分なりの視点で解釈しながら紹介していく予定だ。

    さて、ここまでを踏まえて、僕なりの言葉でまとめてみたい。

    「夢を語れるまでに言語化し、それを自動化できる仕組みに落とし込み、あとは努力を続ける。」

    これこそ、「言霊」の科学的な側面だと言っても、あながち間違いではないのではないだろうか。

    それでは、言霊を信じて、僕の現在の目標と、そのためのステップを掲げよう。さらに習慣レベルまで落とし込むのは、さすがに細かすぎるので、大まかな部分だけにしておく。

    まず、大きな目標として、あるいは大義名分として掲げたいのは、「ことばとこころを中心に、法で人を守る」ということだ。

    これをもう少し具体的に言うと、(心理・認知)言語学で博士号を取得し、公認心理師(あるいは臨床心理士)の資格を取り、弁護士としても活動できるようになること。この三つの柱をすべて立てたい。

    弁護士事務所で1年ほど働いたことがあるのでわかるのだが、クライアントは、法律的な問題だけでなく、常に心の問題も抱えている。弁護士は法のプロであっても、心のプロではない。そのため、どうしても心の傷にまで手を差し伸べることは難しい。

    その両方を同時に支えられる「弁護士 × カウンセラー(便宜的にこう呼ぶ)」が、今の社会には必要だと強く思う。そして、そうした実践的な立場だけでなく、研究者としての視点も不可欠だろう。現場で感じたことを研究対象として掘り下げ、学術的なかたちで世の中に還元する。それは、他の誰かの参考になるのと同時に、自分自身が迷わず進むための軸にもなるはずだ。

    とりわけ僕は、言語に強い関心がある。だからこそ、人が発する言葉そのものを入口にして、心にアプローチする方法を探っていきたい。さらに言えば、今後、外国籍の方が日本社会に増えていくことを考えると、国際結婚などから生まれる法律、言語や心理のトラブルも重要なテーマになってくる。そういった領域を、自分の専門として扱っていきたい。

    この三つの役割(弁護士・心理士・学者)は、どれが欠けても僕にとっては不完全だと感じる。弁護士だけでは、心を癒すことはできない。心理士だけでは、現実の法的トラブルに立ち向かえない。学者だけでは、どうしても人と直接関わる経験が限られてしまうこともある。

    そして、この目標をどうやって日常に落とし込むか。

    弁護士の目標は単純明快。司法試験に合格することだ。現在は予備校に通い、そのために多くの時間を勉強に充てている。

    心理士についても、資格取得はひとつの目標にはなるが、それだけではなく、今のうちから人の心に関心を向け、もっと対話を大事にしたいと思っている。そのために何ができるかは、別に考えていることがいくつかあるため、それはまた別の機会にまとめたい。

    学者としては、幅広く知識を蓄えながら、それを社会に発信する力を育てたい。今こうして書いている「ことばノート」も、そのためのひとつの試みである。

    ちなみに、僕が今描いている具体的なロードマップはこうだ。

    20xx年に予備試験合格。202xx年には大学を卒業し、大阪大学の博士前期課程に進学すると同時に司法試験も突破する予定。

    20xx年は修士1年を修了し、もしかしたら司法修習のために一度休学することになるかもしれない。

    その後、20xx年から20xx年にかけて修士課程を修了し、心理士の資格も取得したい。

    そして20xx年からは大阪大学の博士後期課程に進みながら、弁護士としても活動を開始するつもりだ。

    うまくいけば、2035年には、「学者」「弁護士」「心理士」の三足の草鞋(わらじ)を履いて、ことばとこころを中心に、法で人を守る人間になっている、、、そんな未来を見ている。

    【参考文献】

    Cialdini, R. B. (2001). Influence: Science and Practice (4th ed.). Allyn & Bacon.

    Gollwitzer, P. M., & Bargh, J. A. (2005). Automaticity in goal pursuit. In A. Elliot & C. Dweck (Eds.), Handbook of competence and motivation (pp. 624–646). New York: Guilford Press.

    【タグ】

    認知心理学, 社会心理学, 言語心理学, 自己制御, 目標設定, 言霊