僕は東京駅や大阪駅へ行くと、やたらと疲れる。
たくさん歩いたからではない。むしろ、一日ハイキングをした日よりも疲れることがある。
人が多い。アナウンスが流れる。案内板がある。店が並ぶ。人の流れを読みながら進まなければならない。そして、「せっかく来たから」と普段は食べないような創作料理を食べる。材料も味も予想がつかない。さらに、デートだからと美術館へ行く。初めて見る作品について説明文を読み、背景を想像する。そんな一日は、帰宅する頃には疲労困憊だ。
脳が一度に処理できる情報量には限界がある。最初はそう考えていた。しかし調べていくうちに、どうも問題は単純な情報量ではなさそうだと思うようになった。
神経科学者Greenhouse-Tucknottらは、神経科学者Karl Fristonの自由エネルギー原理(Free Energy Principle)を踏まえ、次のように説明している。
“pathological fatigue emerges from the detection of persistent mismatches between prior predictions and ascending sensory evidence (i.e., prediction error)”
また、
“The relative precision of prediction and prediction error determines their respective influence on posterior beliefs.”
とも述べている。
要するに、脳は常に「これまでの経験から生まれる予想」と「実際に入ってくる感覚情報」を照らし合わせながら世界を理解している。そして、予想と現実のズレを修正し続けなければならない状況が長く続くと、自分は状況をうまく把握し、制御できているという感覚が弱まる。その主観的な経験こそが疲労なのではないか、というのである。
都会は、自らの状況をうまく把握し、制御できているという感覚を弱めるのかもしれない。東京駅を歩いていると、次々と新しい刺激が飛び込んでくる。私たちは、それらを絶えず処理している。
さらに、Attention Restoration Theory(注意回復理論)が指摘するように、都会は私たちの注意を絶えず引きつける。自然の風景のように「ただ眺めていればよい」環境ではなく、「次に何が起こるか」を監視し、そして修正しなければならない環境なのだ。
都会は便利だ。しかし便利さの代償として、私たちは絶えず予測し、修正し続けなければならない。
だから人々は、都会の中にいながら都会を部分的に遮断しようとする。ノイズキャンセリングイヤホンも、スマートフォンも、そのための道具なのかもしれない。
私たちは都会を捨てられない。だからせめて、自分の周囲だけでも少し静かな世界を作ろうとしているのかもしれない。
都会の便利さを享受しながら、予測しなくてもよい小さな「田舎」を確保するために。
【参考文献】
Friston, K. 2009. The free-energy principle: A rough guide to the brain? Trends in Cognitive Sciences 13(7), 293–301.
Greenhouse-Tucknott, A., Wright, H. & Mograbi, D. C. 2022. Toward the unity of pathological and exertional fatigue: A predictive processing model. Frontiers in Psychology 13, 819648.
Kaplan, S. 1995. The restorative benefits of nature: Toward an integrative framework. Journal of Environmental Psychology 15(3), 169–182.
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