#10 音と言語、そして「線」の魅力について

人がことばを理解するには、「音」が不可欠である。

もちろん文字もことばを構成する一つの部品ではあるが、ことばの根源はやはり「音声」にある。そもそも文字は、ほんの数千年しかまだ使われていない。まして、庶民にまでも文字が広まったのはここ数百年の話であり、「音」を使ったことばよりもずっと若いのだ。

そもそも音声を正確に捉え、違いを聞き分け、意味を理解する。これは、英語学習を含め、あらゆる語学における最も初歩であり、最も重要な部分であると言える。聞き取ることができなければ、コミュニケーションすら始まらない。

例えば、日本語の語中で鼻音化する「ん」や英語にある20個の母音(日本語は「あいうえお」とされる)など、聞こえ方ひとつで意味が変わってしまう。

だからこそ、音についてのこだわりは、ことばについてのこだわりと同義なのだ。

ところで、みなさんイヤホンに対してこだわりはあるだろうか?

僕は、昔はAirPods Proを使っていたが、最近はもっぱら有線イヤホン派(EarPods)だ。理由は単純明快。充電要らず・Bluetooth接続不要・遅延なし。

音質については、正直なところ全くと言って良いほどこだわりがない。先ほど、音に対するこだわりを披露したばかりだが、実のところ「音の違いがわかる」のと「音の違いに感動する」のとは別の話だ。

僕がイヤホンを使う場面というのは、オンライン講義の聴講や、ポッドキャストで「レディー」と「ジェントルマン」の声を聞くくらい。あまり吐息まで聞き取りたくないので、むしろ(ハイクオリティーな音で聞くよりも)このくらいがちょうどいい。

それでも、有線イヤホンは気に入っている。それは、「音」を「接続」するというより、「ことば」と「身体感覚」とを繋げてくれる道具だからだ。この感覚はちょうど、印刷された書物を手にとる感覚に似ている。電子書籍も確かに便利だし、僕の蔵書の一部も電子書籍Kindleに移行しているが、紙のページをめくるあの触感には、「ことば」を五感で受け止める喜びがある。有線イヤホンにも、それと似たような「触覚的な安心感」があるのだ。

言語学では、「意味とは、頭の中だけで生まれるのではなく、身体的経験に深く根差している」と考える立場がある(認知言語学の中核的な考え方)。そのことから考えれば、言葉の理解も、単なる情報処理ではなく、身体感覚と結びついた「経験」として捉えることができる。そう考えると、紙の本や有線イヤホンが持つアナログ的なあの感触も、決して無駄ではない。いや、むしろ、ことばを立体的に感じるための、重要な媒介なのかもしれない。

もっとも、僕の生活環境はかなりデジタル化が進んでいる。本とメモ帳以外は、ほとんどすべてデジタルに移行した。教科書も辞書もiPad、予定はGoogleカレンダー、そして学習記録のノートすら、このサイトが代替している。

そんな自称ハイテクな僕でさえ、イヤホンは有線なのだ。(本とメモ帳が紙のままなのは、また別の記事にて。)

というわけで、今日はひとつ、皆様をEarPodsの布教へと誘いたい。有線イヤホンの世界へ、ようこそ。

ここからは、単純に有線イヤホンの良いところを挙げておきたい。

① 安い

まず何より、財布に優しい。言語の発達が必ずしも高価な道具に依存してこなかったように、音声を扱う機器にも高級であることは必要ない!

② 充電不要(環境に良い?)

毎晩の充電から解放される。言語は日々使われてこそ研ぎ澄まされるものだが、道具のメンテナンスに気を取られていては本末転倒。また電気を使わないから環境にも良いだろう。

③ Bluetooth接続不要

つながる・つながらない、といったストレスからの解放。話しかけても相手に声が届かなければ会話は成立しない。無線の不安定さは、まるで雑踏の中で会話をするようなものなのだ。

④ iPhoneの充電持ちが良くなる

省電力という意味でも、無線より有線に軍配が上がる。話す・聴くという生理的行為を支える道具は、安定して稼働してくれることが大切だ。

⑤ 軽い

重厚さではなく、軽やかさ。これは言葉づかいにも通じる。有線の物理的な軽さは、持ち運びやすさだけでなく、身体との親和性を高めてくれる。

⑥ 洗濯しても聞こえる

ついポケットに入れたまま洗ってしまっても、なぜか無事なことが多い。壊れにくいというのは、どんなツールにとっても大きな強みだ。

⑦ 音質が良い

言葉の繊細なイントネーション、アクセント、息遣い。これらを余すところなく伝えてくれる。とくに語学学習では、「曖昧母音」や「脱落音」を聴き分ける耳をつくることが大切で、そのためにはクリアな音質が欠かせない。

⑧ マイクの音質も良い

話す側の信頼性も担保される。言語とは、発信と受信の双方が支え合う営みであり、どちらかが崩れると、対話は成り立たない。

言葉の響きを、できるかぎり鮮明に、誤解なく届ける。

その基本に立ち返ると、案外、有線イヤホンは理にかなっている。

まるで、話すこと・聞くことの原初的な回路を取り戻すように。

【参考文献】

大堀 壽夫『認知言語学』東京大学出版会、2002年。

木村 靖ニ『詳説 世界史探究』山川出版社、2017年。

盛 庸「鼻濁音」『日医ニュース』、2019年9月5日。(青森県 南黒医師会報 第97号より転載)

Wood, S. (2024, April 30). How many vowel sounds does English have? Babbel Magazine. https://www.babbel.com/en/magazine/english-vowel-sounds

【タグ】

有線イヤホン, 認知言語学,言語理解,文字,音